”痛み”の外科療法 ~機能脳神経外科とは?

"痛み"の外科療法って何ですか?

"痛み"は鎮痛剤や湿布などの非侵襲的な方法で治療されることが一般的ですが、残念なことに一部の痛みはこれらの治療に抵抗性です。これまでの知見より、背髄や大脳に含まれる知覚神経およびその近傍を一部切断したり(コルドトミー、DREZ、選択的背髄正中破壊術、視床破壊術など)、電気で刺激したりする(電気刺激療法)ことで除痛効果が期待できることが知られています。脳神経外科では、難治性の"痛み"に対してこれらの治療を行います。

電気刺激療法と神経破壊術はどう違いますか?

"痛み"の外科療法には、前述のごとく主に ①神経破壊術 ②電気刺激療法 の2つがあります。①は選択的に神経組織の一部を切断・破壊する方法で、コルドトミー(癌性疼痛など)・DREZ(背髄損傷に伴う痛みや幻肢痛など)・選択的背髄正中破壊術(内臓痛など)・視床破壊術(中枢性疼痛など)などが含まれます。一方②は、外科的に設置された装置で 脳・背髄などを電気刺激する方法で、背髄電気刺激療法 (Spinal Cord Stimulation: SCS)・脳深部電気刺激療法(Deep Brain Stimulation: DBS)・大脳皮質運動領域電気刺激療法(Motor Cortex Stimulation: MCS)などが含まれます。SCS・MCSでは電極を脳・背髄の表面に設置しますので、神経組織を障害することなく電極の移動や抜去が、効果に応じて調節可能です(DBSでは電極挿入経路の神経組織は障害されますが、小径電極分の障害に限られます)。
2者が最も大きく異なる点は、①が神経組織を切断するという恒久的な変化で除痛を期待するのに対し、②では神経組織への電極設置という可逆性の変化により除痛を期待する点です。従来は①の破壊術が主流でしたが、最近では低侵襲・安全、そして治療の効果に応じて可逆的に調節が行える②を行なう比率が高まっています。

電気刺激療法ってどんな治療ですか?


(写真はMedtronic社
Home Pageから引用)

電気刺激療法とは、神経組織の一部を電気で刺激して除痛を図る方法で、具体的には

などに、下図のような電極を設置し微弱な電気で刺激します。
手術は主に二段階で行われます。一回目の手術では局所麻酔下で電極を前述の部位に設置し、実際の電気刺激が"痛み"におよぼす影響を、患者さんとリアルタイムでコミュニケーションを取りながら確認します。除痛に最適な神経刺激部位が同定できたら、同部に電極を固定します。電極に繋げたリード線を体外に露出したままで一度手術を終了し、その後~1週間試験的に刺激を行います。電気刺激による除痛が日常生活の改善に有用であると患者さんが判断された場合は(通例元来の痛みの50%以上が消失した場合)、二回目の手術でリード線および刺激装置の全てを体内に埋め込みます。最終的には電極・リード線・刺激装置の全てが埋め込まれますので、外見上は手術前とそれほど変化ありません。
術後は患者さんご自身で、刺激のON・OFF、強度の調整などして頂くため、自覚症状に応じた治療が可能です。また残念ながら試験刺激で効果が認められなかったケースでは電極を抜去しますが、前述の如く電極は神経組織の表面に設置されるため、抜去に伴う神経損傷は最小限で抑えることが可能です(DBSの場合でも小径の電極分の神経損傷のみ)。

どんな"痛み"が電気刺激療法の対象ですか?

"痛み"はその発生病態により、主に3種類に分類することができます。

  1. 侵害受容性疼痛:末梢組織の障害が、正常の知覚神経経路を伝達することで感じる痛みです。怪我したところが痛い、胃炎のためお腹が痛いなどがこれに相当します。
  2. 神経因性疼痛(ニューロパチックペイン):知覚神経伝達経路が障害されることにより生じる痛みです。知覚神経経路が障害されると知覚がなくなる、もしくは減退することが多いのですが、一部の症例では逆に耐え難い痛みを生じます。原因は種々提案されていますが(知覚神経経路の再構築、知覚神経の過剰興奮など)、明確には分かっていません。
  3. 心因性疼痛:1、2とは異なり、身体ではなく精神的な要因により生じる痛みです。 これらのうち、電気刺激療法のよい適応は主に2の神経因性疼痛です。
    "痛み"は末梢神経→背髄→視床→大脳皮質の経路で伝達することが知られていますので、これらの神経経路のどこかが障害されれば神経因性疼痛が生じることになりますが、具体的には
    • 脳卒中により中枢神経が障害され感覚障害・痛みが残存する場合(中枢性疼痛)
    • 糖尿病に合併する末梢神経障害による痛み(糖尿病性ニューロパチー)
    • 四肢切断後に切断肢に生じる痛み(幻肢痛)
    • 帯状疱疹治療後も継続する痛み(ヘルペス後神経痛)
    • 癒着性くも膜炎の伴う痛み
    • 多発性硬化症に伴う痛み
    • Complex Regional Pain Syndrome に伴う痛み(従来のカウザルギー・SMPなど)
    • Failed back surgery syndromeに伴う痛み
    などが相当します。一説では脳卒中では~20%の方が(宇高ら、1988)、糖尿病では~7.5%の方が(Chan et al, 1990)何らかの形で"痛み"を自覚していることが知られており、背景人口を考慮すると、対象となるケースは少なくないと思われます。
    またこれまで"痛み"の性状・原因疾患・薬物への反応性など種々の要因と電気刺激療法効果の相関が検討されてきましたが、罹病期間(Kumar et al, 1998)・疼痛部位の振動覚(Tesfaye et al, 1996)など以外は、明らかな効果の予測因子は指摘されていません。電気刺激療法では、神経への損傷を最小限に抑えつつ試験刺激を行えることを考慮すると、少なくとも試験刺激だけでも行う価値のあるケースは案外多いものと思われます。

電気刺激療法をすれば全く痛くなくなりますか?

電気刺激療法の除痛効果は報告により若干のばらつきがありますが、概ね50~80%とされています§。これは電気刺激により"痛み"が50%以下に軽減した患者さんが50~80%であるということです(電気刺激を受けた皆様が50~80%の除痛が得られるという意味ではありません)。この様な除痛効果は10年単位で継続することが報告されており、長期間にわたり有効な治療であることが期待されています(Kumar et al, 1998)。

他にどんな神経因性疼痛の治療法がありますか?

神経因性疼痛の治療は、消炎鎮痛剤・抗うつ剤・抗けいれん薬など内服薬で対応するのが基本ですが、内服治療によっても除痛が得られない場合には、身体療法・神経ブロック・TENSなどが組み合わされて行われます。WHOは疼痛管理の指針(概要)として、"痛み"に妨げられない睡眠の確保→安静時除痛の確保→体動時除痛の確保 を掲げていますが、前述の非侵襲的な治療でこれらの目標が達成できない神経因性疼痛のケースは電気刺激療法の対象となり得ます。

この治療は健康保険が適応されますか?

はい、除痛のための電気刺激療法は保険適応の対象です。
余談ですが、Kemlerらは長期的に"痛み"の治療に必要な費用は、内服など非侵襲的な治療を継続した場合より、電気刺激療法を併用した場合の方が低かったことを報告しています(Kemler et al, 2002)。日本と欧米の保険制度の相違を考慮すると全てが日本に当てはまらないかもしれませんが、電気刺激によって有効な除痛が得られた場合は、患者さんご自身が治療程度を調節できるため、通院回数を減らすことは十分可能です。

電気刺激治療は"痛み"にしか効かないのですか?

いいえ、パーキンソン病などの不随意運動を主訴にする神経変性疾患にも多数応用されています。他にも

などが行われつつあります。また日本では未だ認可されていませんが、元来難治性癲癇に対する治療として発展してきた迷走神経刺激(VNS)に、除痛効果や抗うつ効果があることが近年報告されています§。今後"痛み"に対する新たな治療選択肢となるかもしれません(Gerorge et al, 2002など)。

パーキンソン病の電気刺激療法って何ですか?

パーキンソン病(PD)は、手足の震え(振戦)・こわばり(固縮)・動きにくさ(無動)・姿勢反射異常などを来たす神経変性疾患で、中脳・黒質という部分にあるドーパミン産生細胞の脱落がこれらの症状が引き起こすことが分かっています。PDの症状は、不足したドーパミンを内服薬にて補う、もしくは残存したドーパミン産生細胞を内服薬にて刺激することで改善することが知られており、多くの例では神経内科からの投薬で良好な治療成績が得られます。しかし残念なことに、長期間にわたり投薬加療された一部の症例では、内服薬による症状のコントロールが不安定になったり(On-Off現象・Wearing off現象など)、強い副作用(ジスキネジアなど)が生じたりすることがあります。このような症例では、脳深部の特定部位を焼灼、もしくは電気刺激することでPDの症状を改善できることが知られており、脳神経外科領域ではこれらの治療を行います。前述の如く、電気刺激療法の"低侵襲""可逆的"という利点より、脳深部刺激療法(DBS)を選択する機会が以前より増えています。 DBSで刺激する部位は、症状に応じて視床・淡蒼球内節・視床下核(STN)などから選択されます。中でもSTN DBSは、振戦などの陽性徴候のみならず、無動などの陰性徴候にも有効であることから、選択する施設が増えつつあります。いずれのターゲットも脳深部であるため、定位脳装置といわれる機材を用いて電極を設置しますが、それ以外の手術の流れは他の選択電気刺激療法と同様で、①局所麻酔での電極設置→試験刺激期間→②全身麻酔でのジェネレーター設置という2段階で手術が行われます。術後は、他の電気刺激療法と同様に、患者さんご自身で刺激を調節して頂きますので、自覚症状に応じて治療の調節がご自宅でも可能です。

どんな状態のパーキンソン病が対象になりますか?

DBSの対象については、Core Assessment Program for Surgical Interventional Therapies in Parkinson's disease (CAPSIT-PD§)が下記のような指針を提唱しています(Defer GL et al,1999)。

年齢などを考慮した基準を設ける施設や、神経保護作用を期待して比較的早期よりDBSを考慮する施設など(Piallat et al, 1999)、施設によってDBSの対象基準に若干のバリエーションはありますが、基本的には上記CAPSIT-PDに準じる症例がDBSの対象と思われます。
§CAPSIT-PDは世界的に用いられている基準です。

DBSにはどんな効果があるんですか?

前述の様に、薬物による症状のコントロールが困難な症例がDBSの対象となる訳ですが、この様な症例においてDBSは

を改善することが知られています(Houeto et al, 2002)。また治療に必要な薬剤の投与量を減量することや(Andrews et al, 2003)、投薬に伴うジスキネジアなどの副作用を軽減すること(~88%)も可能です(Houeto et al, 2002)。これらの効果はドーパミン関連薬物の効果と類似しており、STN DBSはドーパミン関連薬物に類似した臨床効果を、特にOff期に発揮するものとされています(Krack et al, 1998)。

電気刺激療法のあれこれ

電気刺激療法は、最近十数年で大きく変貌を遂げつつあるように思われます。 以前は痛み・振戦など一部の疾患に適応が限定されていた感じがありましたが、近年パーキンソン病に対してSTN DBSが有効であることなど臨床面での有用性が見直されたことから、電気刺激療法が行われる機会は確実に増加しつつあります。加えて手術に使用される機材(パルスジェネレーター・電極など)の改善により、電気刺激療法元来の優れた利点である"非侵襲性"が以前より格段に向上したことも、電気刺激療法が広く普及しつつある要因と思われます(Meta analysis by Turner et al, 2004)。この傾向は今後も続くことが予測され、症例数の増加に伴い電気刺激療法の様々な効果が明らかになることが期待されます。事実、STN DBSがうつ状態や認知機能におよぼす影響などが近年報告され始め(Takeshita et al, 2005§)、痛み・不随意運動以外の領域への技術応用も活発に検討され始めています。最先端では、障害を受けた脳機能を電気生理学的手法で代償する方法も研究されています(Neural Interfaces Workshop, NIH, 2004)。例えば背髄損傷により四肢麻痺を来たしたケースにおいては、大脳運動領野に記録電極を挿入し神経活動を記録→その情報をコンピュータに転送し加工→四肢末梢神経を刺激電極で刺激し、患者さんの動きを手助けする研究 などが進んでいます。同様の試みは、聴覚・視覚障害、神経因性膀胱の領域でも行われており、より生着しやすい電極素材・寿命の長いバッテリーの研究など多岐にわたる技術革新も年々行われています。Neuromodulationと呼ばれる当該領域はコンピュータ技術の発展に伴い、今後も益々飛躍するものと思われます。

独り言

機能脳外科で扱われる疾患は"てんかん""痛み""不随意運動"などが中心で、いずれも基本的には内科的な処置で扱われる疾患群です。電気刺激療法を含めた機能脳神経外科は、これらのうち従来の手法では難治な症例に対する治療オプションとして発達してきました。難治な症例が対象となることが多いため、完全な治療成績を得ることは不可能ですが、技術の発達に伴い成績は以前より向上しています。成績の向上に伴い10年前より機能脳外科が行われる機会は増えましたが、当該分野の基本理念は"患者さんの日常生活の質を向上させるお手伝いをすること"です。機能脳外科の手術は、いずれも緊急でやらなくてはならない手術ではありませんので、治療の内容を十分ご理解頂いた上での治療を最優先に考えています。ここには主に電気刺激療法を中心に記載してきましたが、機能脳外科にご興味・ご質問等ありましたら、お気軽に外来を受診下さい。このサイトの内容も随時改善していく予定です。